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再、久々ですが
2010年09月01日
毎度お引き立てありがとうございます。大量仕入れで長期間お届けしていましたプレゼント企画。「おたふく手袋ピタハンドブルー」が8月31日で品切れとなりました。ありがとうございました。
引き続きのプレゼントをと考えていたのですが、企画商品が思いつかずプレゼントはひとまず終了とします。
また、面白いプレゼント企画をご案内したいと思っています。よろしくお願い致します。
久々ですが
2010年08月31日
毎度お引き立てありがとうございます。大量仕入れで長期間お届けしていましたプレゼント企画。「おたふく手袋ピタハンドブルー」も本日で品切れとなります。
引き続きのプレゼントをと考えていたのですが、企画商品が思いつかずプレゼントは終了とします。
また、面白いプレゼント企画をご案内したいと思っています。よろしくお願い致します。
プレゼント企画商品更新!
2010年04月17日
お引き立て頂き有難うございます。
本日よりプレゼント商品を変更致します。
2万円以上お買い上げのお客様に、
「おたふく手袋ピタハンドブルー」 MサイズとLサイズをセットにして
商品とご一緒にお送りさせて頂きます。
宜しくお願い致します。
最近気が付きました。
2010年03月18日
Internet Explorerに各種ツールバーを付属させる方がおられると思います。当サイトにおいて、ヤフーツールバー7.3以降で「フィッシング警告機能」を有効にして使用すると「個人情報の送信に注意が必要なサイトです。」という警告の発生が確認出来ますが、当サイトの買い物かごは「SSL」で保護されています。
また、サイト内のそれ以外の場所で個人情報を送信することはありませんので、「フィッシング警告機能」の警告に対し、安全である旨ご案内させて頂きました。今後共宜しくお願い致します。
販売価格表示について
2010年02月01日
 沢山のお客様にご訪問頂き有難うございます。
 先月より会員価格表示の方法をとっておりましたが、商品のお問い合わせが一気に増えました。お問い合わせのお客様に会員登録をお勧めしておりましたが、これ迄通り販売価格を表示をする事にしました。
 また、会員様には販売価格から割り引きしました会員価格にてご奉仕販売しております。今後共お引き立ての程宜しくお願い致します。
掲載価格の会員表示を開始しました。
2010年01月04日
新年になり、一層のサービスを提供させて頂くための企画として、会員限定表示を始めました。ログイン登録をされた方は、これまで通りにお買い物をして頂けます。ご理解の上、よろしくお願い致します。
PDNS再登録しました。
2009年10月15日
PDNS情報ネットワークサービスをリンク集に再登録しました。
左側リンク集又は、右側バナーをクリックして下さい。
中古機を購入や、その他情報収集ご希望の方が「PDNS」ホームページから会員登録されるとPDNSにログイン出来ます。ログイン後情報確認の上、お問い合わせ下さい。
ナタ爪セット一覧を最適化しました。
2009年10月07日
ナタ爪セット一覧のデータ修正により見難くなったものが有りましたが、今回、見易くなるよう最適化しました。よろしくお願いします。
携帯版、開始について
2009年10月02日
新着情報でもご案内しましたが、爪、エレメントなど主な商品の価格確認と、購入が携帯から出来るようになりました。代引き、後払いも今まで通りご利用いただけます。PCを起動せずにご注文いただけます。よろしくお願いいたします。アドレスは、http;//www.sanseicom.jp/
残暑お見舞い申し上げます。
2009年09月26日
時季外れの残暑お見舞いですが、日中の暑さは厳しいものが有ります。雨も少なく、露地物の管理に四苦八苦されていることと思います。しかし、恵みの雨がもう少しで降りそうです。体に気を付けながら農作業に頑張って下さい。
そろそろ秋耕耘の時期ですね
2009年09月14日
雨によった日照不足から、一転雨が降らず暑い残暑になりました。やっと雨を見ましたが、茎のしっかりしていない稲が寝て作業がしにくくなっているようです。皆さんの地区では如何でしょうか。青米が多いと驚いている方も沢山おられるようですが、収穫もあと少し。秋すきが始まっています。お問い合わせや、注文が増えてきましたが、爪セットの欠品も出てきました。爪交換を予定されている方は、欠品でも対応出来るように、早々の段取りが必要です。よろしくお願い致します。
只今、秋の真っ最中
2009年09月07日
  アクセス有難うございます。
お盆頃は雨が多く今年の秋はどうなるかと心配していましたが、今では雨が少なく田んぼも硬くとても順調な収穫作業となっています。そして、経年による故障も発生し今が最中と忙しくしています。皆さんの地区では如何でしょうか。ここ、綾部では、後2週間程で稲刈りは終わりそうです。それまでは、途切れ途切れの回答お許し下さい。収穫が終わればまた、面白いご案内が出来ると思います。
プレゼント企画、プレゼントは、コンパクト洗剤「ファーファ」!開始します。
2009年07月31日
プレゼント企画75万アクセスから開始のつもりでしたが商品が決まりましたので、早く始めます。コンパクト洗剤「ファーファ」、柔軟剤入り1㎏パックです。1万5千円以上お買い上げで1個、3万円以上2個プレゼント!予定数量100個で実施します。
商品購入ご希望の方、プレゼントが無くならないうちにご購入下さい。よろしくお願いします。
福知山市 観音寺
2009年07月15日
弊社のある大島町より西に4キロの所に在るのが観音寺です。観音寺の在る辺りは、古来何鹿郡下高津村といわれていましたが、江戸時代中期に何鹿郡から天田郡に編入され現在に至っています。
JR山陰本線沿いの府道8号線を綾部市との境に向う福知山市東部 ・舞鶴若狭自動車道の高架を潜ると直ぐに「花の寺・観音寺⇒」の案内看板を見て観音寺の山門前に着きます。ここ観音寺は、関西花の寺(25ヶ寺の内)第一番札所で養老4年(720年)法道仙人の創建を伝える名刹:補陀洛山観音寺 (高野山真言宗)、100種1万株もある紫陽花が咲き乱れる丹波のアジサイ寺で有名です。もう少し早くご案内出来れば見頃だったのですが、まだ名残はありますが残念です。。
綾部発祥の大本教
2009年07月07日
綾部市街の南側小高い丘の上に大本教の建物があります。大正、昭和と政治的弾圧を受け教団の建物の多くが破壊されましたが、昭和21年以後再建され、現在に至っています。四季折々に催しが開催され、特に2月の節分祭と、7月の水無月まつりは、地元をあげてお祝いします。

大本の聖地「梅松苑」は大本発祥の地。京都市の北西80キロメートルにある。田園都市綾部市の中心を流れる清流由良川(和知川)のほとり、緑深い本宮山一帯を境内地とし、長生殿をはじめ数々の神殿が建ち並んでいる。

大本の発祥は、明治25年旧正月、京都府綾部市本宮の地において、国常立尊の神霊が艮の金神の名により、出口なお開祖に神がかりし、三千世界の立替え立直し、みろく神世の実現を啓示したことによる。また大本は、綾部市梅松苑及び亀岡市天恩郷を神業の根本聖地とし、梅松苑を祭祀の中心地、天恩郷を宣教の中心地としている。

梅松苑では、月次祭(毎月第1日曜日)や節分大祭、春秋の大祭、神前結婚式や病気(悩み事)の平癒祈願をはじめ、信徒の祖霊の祭祀(みたままつり)や各種祭典、大道場講座が開かれている。  ホームページおほもとより 引用
写真は「みろく殿」
トップ画像変更しました。弊社近景
2009年06月30日
トップ画像を変更しました。
この画像は、何鹿郡志麻郷の中心を捉えているつもりです。
左側の尾根に、400以上の古墳がありました。また正面奥に私市古墳が見えます。

古い時代の話ばかりですが、この画面の左正面の山裾に807年「宝隆寺東光院」(現、菅谷山東光院)が創立されました。往時は川を挟んで七堂伽藍の大寺院でしたが、その後の戦乱に寺領を大きく縮小したようです。この地を詠んだとされる和歌に、栄華物語の中に「天の下富緒川の末なれば いずれの秋かうるはざるべき」と詠まれています。.....ま、私には意味は良く分からないのです。また、現在にその風景を見ることが出来ない迄に変貌し、たぶん観光資源にならないので、勿体ないことだな~と感じるところです。
また、ご案内しますね。よろしくお願いします。
君尾山 光明寺
2009年03月30日
 大和朝廷時代。綾部は非常に栄えた地域でしたが、その傍らに修行を目的とした場所が形作られました。その中心地となったのが君尾山 光明寺でした。綾部の中心街より北東に上林街道を20分ほど走ると二股の交差点に行き当たります。
一方は東舞鶴に下る道で、もう一方は福井県境から小浜に到着する道です。今は通ることが出来ませんが丹南市美山町に抜ける道があり丹後、舞鶴から京都に抜ける街道でもありました。最近周辺が整備され「あやべ温泉」には宿泊施設もあり、「二王公園」にはスポーツ施設があり、スポーツやハイキングなどのアウトドアレジャーが満喫できます。

 ・・・・秋葉権現の古びた祠の前を通り過ぎると、段をなし重なる山田が谷川に沿って奥につづく。道がふたてに別れ、光明寺に通じる山道は鬱蒼たる杉や桧の木立の中に入っていく。山肌を熊笹や羊歯が被い、石清水がチョロ、チョロと音をたて山道を濡らしている。蕗の花が咲き、椿の赤い花が深い緑の中に美しい。
 道は急坂に険しく右に左に折れ登る。下の谷からうぐいすの鳴き声が幽かに聞こえ、石仏が木の根を枕に凭れるように立つ、山道を足を滑らせ、息を切らせ千体地蔵堂に辿りつくと、大木の繁みの間から、青空がのぞき、小さな堂に日が射し込む。頭上に啄木鳥が大木を啄く甲高い音がひびき、見上げる目に午後の日射しを浴びて朱色の仁王門が美しく山門の偉容を現し建つのが見える。
 両脇の金剛力士の顔が日射しに赤く照り凄んで見えるこの仁王門は、鎌倉時代に再建され、度重なる戦乱に耐えてきた三間二面の、二重入母屋造りで、赤青の彩色が美しく、往古の姿をそのままに保たれ、今は国宝に指定され訪ね見る人が多いという。
 塔門に入ると歴代僧都の墓石が並び、左側は谷を見下ろす視界がひらけもう尾根である。
 山上はさすがまだ肌寒く、桜の蕾もかたい林を、なだらかな登りの坂道がつづき、やがてこの寺の庫裡から飼犬の吠えるのが聞こえる。不揃いに積み重ねられた石段を一段一段登りつめて、光明寺境内に入る。
 山の中腹にある境内は、山側は大木が被い重なり奥山深く原生林がどこまでも続き、谷側は急斜面に谷を見下ろし、上林谷が一望できる崖上にある。
 静寂とした境内には、千手観音をおさめ、静かに扉を閉ざす本堂が、辺りを支配するかのように大きな屋根を広げて建ち、聖徳太子、聖宝理源大師を祀る開山堂、鐘楼、宝篋印塔が配されて建っている。
    この世をも 浮きも洩らさぬ しるしには
               わがかけすめる みたらしの水
と御詠歌ににうたわれる君王山光明寺は、仏教興隆の詔が出されて七年後、推古天皇七年、(西暦599年)に聖徳太子によって創建されたという古い寺である。
 白鳳元年に大和葛木山で呪術により、鬼神を操ったという役小角がここを訪れ修験道の道場としたとも伝えられ、本堂の裏山にある小さな行者堂には小角の霊が祀られている。
 三国岳の高峰が連なるここ君王山は、延喜年間に入り、密教道場の最適の場所として醍醐寺の開祖聖宝理源大師が荒廃した道場を再興し、大峯、金峯山と並び真言密教の道場とし、全国より多くの修験者を集めたという。山上山下に七十二坊を築き、上林七里ケ谷をその寺領に治めたという。(「ホームページ」丹の国 綾部より抜粋)
丹波国何鹿郡高津郷高津八幡宮
2009年01月28日
大島町の隣に高津町があります。ここに奈良時代に密教練行のため開いたとされる高津八幡宮があります。
社伝によると平安時代元慶5年(881)に山城の国より金鳩が飛んできてこの山に止まり、奇瑞をあらわしたので、時の人はこれを朝廷に奏上し、国司橘良基がこの地に来て調べたところ事実であった事を報告し、勅命によりここに石清水八幡の別宮として八幡宮が創建されたといわれています。また、
盛んな時には別当寺として極楽寺を設け、五坊の塔頭と千余石の寺領を持っていたと伝えられています。
前回、紹介した梅津氏の「丹波国何鹿郡大志麻」への赴任の時期といい、山城国、橘氏性の共通性など面白い関連性がみえますが...。
観世梅若流
2009年01月18日
能は、鎌倉時代後期から室町時代初期に完成を見た、日本独自の舞台芸術の一種です。江戸時代末期まで「猿楽」と呼ばれ、現在では日本における代表的な伝統芸能として遇され、国際的に高い知名度を誇る重要無形文化財。無形文化遺産保護条約に基づく「人類の無形文化遺産の代表的な一覧表」に掲載されて、2009年9月に予定される初の登録での世界無形遺産への登録が事実上確定しています。
現代能の一流派ですが、観世流梅若会「観世梅若流」の原点がここ綾部にあります。

「猿楽」とは、現在の能楽の元祖となるもので、丹波地方は猿楽の発祥の地とも言われ、平安時代の末期より鎌倉時代の初期に職業的猿楽師の団体があり、大きな神社・仏閣に属して猿楽座を称えていました。
丹波猿楽には、梅若のほか矢田・日吉・榎並など、猿楽座の名が記録に見えます。
近畿では、大和に丹満井(金春)・結崎(観)・外山(宝生)・板戸(金剛)があり、近江(滋賀県)・伊勢(三重県)にも諸座がありました。

梅若家の先祖と殿田在住の宗家梅若家の系譜は奈良朝の橘諸兄に始まります。諸兄は、始め葛城王と称していましたが、母橘三千代の姓をつぎ、橘諸兄と呼ばれました。
その十世・友時が梅津氏の元祖で、従五位下梅津兵庫頭友時、この時より家紋橘を用いました。
山城の国梅津村住(現在の京都市右京区梅津)後に丹波国何鹿郡大志麻(綾部市大島町)に移りました。法名『真光院殿浄雲徳行大居士』仁和4年(888年)5月3日卒となっています。旧墓地の中央に、友時千年祭の供養碑が、明治11年・初代実によって建立されています。
現宗家、56世・六郎師は橘諸兄から計算して、56世・梅津姓を名乗った友時からでは、47世となります。その頃は、梅津の梅宮に仕えておられ、丹波国何鹿郡大志麻では七万余石を領する豪族となり、地方に出たとは言え、系図によれば官位や役職が見えます。
丹波へ行った梅津の人々が、何時頃から猿楽を始めたか、定かではありませんが、前に述べましたように室町時代には、丹波猿楽の梅若の名が文献に出現しております。
「梅若会 全体、梅若の歴史抜粋」

歴史の詳細と史実には誤差もあるようですが、ここ綾部にも「梅若」歴史の名残は僅かですがあります。。。
明けましておめでとうございます。
2009年01月06日
明けましておめでとうございます。
昨年のご愛顧に今年一段の飛躍を祈念して頑張ります。宜しくお願いいたします。
さて、今年の大河ドラマは、三条長尾家の景虎(後の上杉謙信)からのお話ですが、その母体となる上杉家初代、上杉 重房が、丹波国何鹿郡八田郷上杉庄(京都府綾部市上杉町周辺)を賜り、以後上杉氏を称しました。
重房は京都の中級公家でしたが、左衛門尉勧修寺清房(藤原北家高藤流)の二子として生まれ、1252年(建長4年)、後嵯峨天皇の皇子宗尊親王が鎌倉幕府第6代征夷大将軍に就任した際、その介添えとして共に鎌倉へ下向しました。
鎌倉から知行する領地、丹波国何鹿郡八田郷上杉庄は、以後上杉氏の領地として長く治められることとなります。宗尊親王は謀反の疑いにより帰京させられますが、重房は鎌倉に留まりその後足利氏との姻戚関係を通じて足利家中で権勢を得るようになります。
この後、重房の孫娘上杉清子は、足利家時の子貞氏に嫁して後の征夷大将軍足利尊氏を八田郷上杉庄で産みます。
綾部で尊氏の名残を知ることは少ないのですが、景徳山安国寺には、産屋の跡やその傍らに産湯の井戸が残されています。
尊氏公は、全国六十余州に安国寺利生塔を建立し、その筆頭に丹波安国寺を置きました。景徳山安国寺は、京都十刹の寺格を得て、丹波、越後、日向等全国に荘園を領し、一時は塔頭十六、支院二十八を持ち室町時代特に繁栄しました。